摂津国で生まれた人間として 2017 - 雑記

摂津国で生まれた人間として 2017

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1月17日、阪神・淡路大震災から今年で22年となった。
つい先日「今年成人を迎えた子供達は阪神・淡路大震災を知らない世代」と嘆いていたと思ったら今度は「阪神・淡路大震災を知らない新卒社員」になってしまった。何ということか。

地方の過疎化が進み都市部の集約を図ろうと躍起になっているのかええかっこしいで都会ヅラ気取ろうとしているのか目先の利便性だけを見た結果なのかはわからないが、震災後、阪神間の超高層ビルは震災前の3倍になったらしい。

神戸新聞NEXT|社会|超高層ビル大震災後3倍増 阪神・淡路の被災5市

自然とは時に人間の予測不可能な災害を齎す。それはいくら対策をしていようとも敵わぬものであったりすることもある。
次々と先人には理解のできない構造物や将来を考えることをやめた人間の登場で先人の知恵を活かすにも活かせなくなってきていることも多い。
人々は学んでも忘れる。其れらを幾ら伝えようと躍起になろうとも、表面上のことだけが簡略化された形で伝わっていく。本当に知って欲しい事は興味を持った者にしか伝わらないのが現状である。東北の津波が好例だ。


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我が故郷宝塚には3つの超高層ビルが立ち並んでいる。
一つがファミール宝塚グランスイートタワー。2003年竣工の地上32階、高さ110mのタワーマンション。

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▲右が西で左が東で

そしてジオタワー宝塚WEST・EAST。こちらは西が2010年竣工の地上33階、高さ113mのタワーマンションで、東が2009年竣工の地上32階、高さ111mである。

亦もう一つ、我が故郷の最寄り駅宝塚南口の目の前に2012年、ザ・宝塚タワーが竣工し、こちらは地上28階、95mで高さ100メートル以上の建物「超高層」の定義からは外れているが、それでも十分に高い建物だ。

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▲すみれガ丘の方向から眺めるとこうなる。

宝塚ファミリーランドがなくなってからというもの、宝塚という街は観光・レジャーから都市化されてしまったように思う。
かつて極めた「色」は薄まり、「異色」と化してしまったすみれ色だけが局所的に色濃く残っている状態である。

そんな宝塚ファミリーランド跡地、緑やペットとの共生をコンセプトに宝塚ガーデンフィールズなる英国庭園を作ったが赤字が続きたったの10年で閉園。そんな跡地にできたのが……

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ユニクロとニトリであった。それでいいのか宝塚。

ここ数年、仕事とタイミングの悪さ・潰瘍性大腸炎により中々宝塚を帰省・取材できない状態が続いている上、抑々宝塚から出てきてしまった裏切り者であるのでモノ申すことも許されないが、帰省した時は同郷の友人に聞いてみたいものである。
最近の宝塚はどうかと。これでよかったのだろうかと。
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