【第251話】島根県 温泉津駅~馬路駅 - 最新ネタ

【第251話】島根県 温泉津駅~馬路駅

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【第251話】やさしい砂は晴れに鳴く
前回の続き。
愈々島根旅も佳境である。次なる訪問地は世界遺産の温泉と日本の名勝だ。


キハ121

2次車だ。
あの忌々しき思い出が蘇る。
直角な背ずり、東のポンコツに勝るとも劣らない薄っぺらい座面は長距離には向くわけがない。
ボックスシート、ガラガラ、海側なので日本海の風景を楽しめた等のポジティブ要素がなければ大変なことになっていた。

温泉津駅

斯くて折居からアクアライナーに乗ること約50分、次なる目的地温泉津に到着した。

温泉津駅

町並み保存地区……何だか懐かしい響きだが其れは来週のオタノシミである。

温泉津駅

温泉津には昔駅ノートがあったらしいが今はそんなものはなく、あるのは駅スタンプと何も書かれてないしまねっこの吹き出しボード。
人は何故スタンプが手元にあり近くに手頃な白いものがあると所構わず試し押ししたくなるのだろうか。
これが若ししまねっこに「兎に角ここにあるスタンプを押せ」と言わせているのですという戦略だったならば一本取られたことになる。そんなわけないが。

温泉津

バス停横にある温泉塔。世の中が温泉塔と言っているので当ブログでも温泉塔と表記するが、こいつの正式名称は一体何なのか気になるところである(そういう時に限って温泉塔が正式名称だったりする)。

駅から温泉街は歩いて15分程度、丁度良い時間のバスもなかったので歩いて温泉街へ向かうことにする。

温泉津

先ず現れるのが小浜温泉才市の湯。
昭和の銭湯の雰囲気が色濃く残るレトロ銭湯である。時間があれば入浴したかったがそうもいかないタイムテーブルだったことと抑々開店前だったので諦める。
毎週月曜日休みで16:00~20:30開業。大人300円で緑黄色の濁り湯の掛け流し塩化物泉が楽しめる。

温泉津

温泉津……古くは16世紀後半、世界の銀の約3分の1を産出したと言われる石見銀山で採掘された銀の積み出しを行う重要な港町であった。
温泉津温泉としての歴史はそれよりも古く、怪我を癒している狸を旅僧が見つけた伝説から始まっている。開湯1300年と謳っていることから始まりは700年代であろう。
温泉の湧く津(港の意)……だから温泉津と呼ばれるようになったのだろう。

温泉津

平日昼間の漁村と呼ぶに相応しいお手本のような風景である。

温泉津

ここにもらとちゃんがおった。
寧ろここだからおるのかもしれん。

温泉津

そこはかとなく昭和のにほひがするビューティーサロン丹頂。
恐らく丹頂は丹頂チックから取っている。おかげでビューティーサロンと横文字を並べても雰囲気は床屋である。

温泉津

愈々温泉津の中心部である。
この全く観光地化されていない感じ、素晴らしいと言うしかない。
安易に乗っかって観光地化させることは利益を生むと同時に崩壊の始まりでもある。

温泉津には2つの入浴施設があり1つが、

温泉津

このモダンな佇まいの薬師湯である。
薬師湯は以前から噴き出していた湯が1872年3月14日(明治5年)に起きた浜田地震によって湯柱が立ったため入浴施設として開業させた。
亦、その昔は地震によって湧出したことから「震湯」、源泉所有者(内藤)の苗字から取って「藤乃湯」と呼ばれていたが、薬師如来を祀っている事などから「薬師湯」になった。

温泉津

中は小さい浴槽が一つあるだけでその浴槽を囲むように洗い場が設置されており、浴槽からは天然温泉がかけ流しなので鍾乳洞のように成分がこびりついているそうだ。
泉質は日本温泉協会から最高評価のオール5を貰ったハイクラスの塩化物泉で、鉄の臭いと硫黄臭が混ざった臭いがするそうで如何にも効果のありそうな泉質。

入浴前後に更衣室にあるイオン水を飲み、2~3分浸かっては上がり、休憩を繰り返すのが一番高架のある入浴方法らしい。

温泉津

大正ロマン溢れる木造洋館は旧館で、現在は震湯カフェ内蔵丞として営業している。
夜になればまた一味違う写真が撮れることだろう。

温泉津

一方反対側にも入浴施設があり、これが2つ目の「泉薬湯 温泉津温泉元湯」である。
温泉津温泉の原点であるこの温泉は石碑の「泉温乃古千」の通り温泉津で歴史が最も古い温泉であり、加水・加温をせず地表の位置に浴槽があるため約50℃の温泉にそのまま入ることになる。
とは言え流石に50℃の温泉1つでは流石に地獄。源泉の「あつい湯」の隣には「ぬるい湯」「座り湯」も用意されているので体調・好みに合わせて入ることができる。

こちらも泉質はかけ流し塩化物泉。浴槽周りの付着物が如何にも効きそうな湯である。

温泉津

温泉津生まれの妙好人(浄土教の篤信者)浅原才市の像。
船大工や下駄職人で生計を立てていた一方で晩年には数多くの含蓄のある句を綴り人々に慕われた。

酸性雨の影響か、涙を流しているように見える。
頭から生えている角は自分の肖像画を描いてもらった時に「立派過ぎる」とて才市自身が描き足したものだと言う。

温泉津

才市の後ろにあるボロボロの建物は泉薬湯直営の旅館であり築100年。
昭和初期の雰囲気がそのまま残る宿だそうだ。

温泉津
▲路地裏見聞録の真骨頂である。

あれやこれや撮っていたら早くも駅に戻らなければいけない時間となってしまった。
世界遺産の一部となっている沖泊までもう少しなのだが沖泊行くと列車に乗り遅れる絶妙な距離と残り時間でもう一つの目的地に行けなくなる可能性があったので名残惜しいが駅に戻ることにした。

温泉津

斯くて、温泉津駅に戻ってきた。待ち時間に荷物の再整理やバスを撮り有効に使う。

キハ47

1514、定刻通り普通出雲市行が入線。やってきたのは田儀で見たキハ47-2006だった。


馬路駅

乗ること9分、次に降りた駅は……

馬路駅

マジで馬路である。
馬路という名前は狭い谷間にある狭い土地を意味する「狭地(せまじ)」「間地(まじ)」から由来していると言われている。
この場所は南を城上山・高山、北を日本海・琴ヶ浜に挟まれた狭地である。

馬路駅

15分後に益田行きが来るので待機していると新山口発鳥取行スーパーおき4号が入線してきた。
通過と思っていたら行き違いによる停車をするようで思いっきり乗客と目線が合ってしまった(爆)。

馬路駅

暫くして出雲市発益田行キハ120が入線。

馬路駅

浜田色を見るのも今日はもう最後か後1回か。
最初は念願の浜田色だったが今はもう亀山色と同じ思いである(爆)。

馬路駅

21.3mの特急車両2両編成の隣に並ぶ16.3m1両のキハ120。
余に長さが違うので感覚が狂う(爆)。
因みにキハ47は21.3mでキハ187と同じ。急行系気動車並みの大型車両である。

2つの車両が馬路を去り駅には静寂が戻った。
時間が許す限り散策していこう。

馬路

先ずはレンガ造りのトンネル。

馬路

奥には馬路琴ヶ浜郵便局と琴ヶ浜が見える。
晴れていれば青色が乗りもっといい画になったはずだがこればかりは仕方ない。山陰で青空を見られる日は限られている。

琴ヶ浜

斯くて歩くこと5分もかからず出雲市駅前最後の目的地琴ヶ浜に到着した。
陽が落ち始めていること、雲が厚くなってきたこともありある意味一般人が安直に想像する山陰の海岸らしい雰囲気になってきた。

写真に見える半島の先端は石見銀山開発の初期に銀を積みだした鞆ヶ浦という漁港であり、世界遺産の一部になっている。

琴ヶ浜

この場所もTAKA先生によって描かれた場所の一つでもある。
本当は距離角度を完璧に合わせて撮りたかったのだが出来なかった。その理由は……

琴ヶ浜

この場所で描かれたと言わんばかりにこの場所にだけぽつりと幟が立っていたのである(爆)。
あまりに絶妙な場所だったので色々疑ってしまった。

さてこの琴ヶ浜にはとても有名な物がある。それが、

琴ヶ浜

この鳴き砂である。

琴ヶ浜

手を静かに流れ落ちる程細かく綺麗なこの砂は石英を多く含み、砂踏んだ時に起こる石英の表面摩擦により音が鳴る仕組みである。
「キュッ」という音と言うよりはやや濁音が混ざったような音がする。
ゴミが多かったり雨が含まれたりしていると鳴らず、海洋汚染や自然破壊が起きると音が聞けなくなってしまう。

琴姫

ここに来たからにはこの場所に伝わる伝説と地名の由来も調べなければならない。
ということで琴姫の碑にも参る。

琴姫


壇の浦の源平の戦に敗れてこの地に流れ着いた平家の姫は、
村人に助けられたお礼に毎日琴を奏でていました。
しかし、姫は亡くなり、村人たちは大いに悲しみました。

そして姫が亡くなった後、砂浜が琴の音のように鳴くようになりました。
村人たちは姫の魂がこの浜にとどまって、私達を慰め励ましてくれているのでは
と思いました。

それ以来、この浜を琴ヶ浜、そして姫を琴姫と呼ぶようになりました。

姫を助けた馬路の人々の優しさを象徴する言い伝えが、今も残っています。

一度この砂の町を訪れてみてください。
ゆるやかな砂の流れが、あなたを悠久の時の流れのなかに誘います。
あなたはもう以前のあなたではないことに、きっと気づくでしょう。 自然に帰り、自然にじかに触れてみることで、新しい可能性に出会います。

“古きを温ね、新しいきを知る”「仁摩」からあなたへ温故知新の贈り物です。
琴ヶ浜海岸 - 石見銀山ウオーキングミュージアム


賽銭をし深く一礼。これからの旅に祝福を。

馬路駅

時間が迫ってきたので馬路駅に戻ってきた。
この駅からも海が見え、これで海が見える駅で紹介されている島根の駅3つ田儀折居、そしてこの馬路を各地の行きたいポイントを抑えつつ一日で制覇することができた。流石路地裏見聞録管理人である。

馬路駅

とは言え、各地に行きたかったが時間制限の為に断念したという場所も多数ある。
旅というものは一度で満足できるほど生易しいものではない。
一つを知ればまた一つ知りたいものが増え、それは尽きることはない。
それができなくなった時、恐らく私はもうこの世にはいないだろう。

馬路駅

1638、下りに米子発浜田行キハ47が入線。ラッシュが近づいてきたからか、キハ47を見る回数が増えてきた気がする。

キハ47が発車した後、駅に一人のおばさんがやってきた。
目が合ったので挨拶を交わすと「大田市止まります?」と聞かれた。
地元の人間ではなかったが全ての列車が止まるのは知っているので自信を持って「止まりますよ」と答えた。
ここで「地元住民じゃないので……」と交わすのはあまりにも非情であり社会的に問題がある。
おばさん曰く「いつも車で汽車をあまり使わないからわからなくて……」らしい。
安心したのかそれでもまだ不安があるのか私に対してのマシンガントークは列車が来るまで続いた。
話を聞き流してカメラを出すわけにもいかず、お陰で米子行きキハ126を撮り損ねてしまったが、人一人の役に立てたこと、そして何より地元住民と会話を交わすことができたのでよしとしよう。


次回に続く!



No.251やさしい砂は晴れに鳴く
場 所島根県 温泉津駅~馬路駅
日 時2016/10/19
備 考石見銀山ウオーキングミュージアム(大田市観光サイト)
引 用THE IDOLM@STER PLATINUM MASTER 03 アマテラス
THE IDOLM@STER PLATINUM MASTER 03 アマテラス
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