【第250話】島根県 折居駅~ドライブイン日本海~ゆうひパーク三隅 - 最新ネタ

【第250話】島根県 折居駅~ドライブイン日本海~ゆうひパーク三隅



【第250話】ハレテマス
前回の続き。
区切りの250話目は見聞録の西限を一気に更新。


大田市駅

田儀から下ること16分、終点大田市に到着した。
ここでアクアライナーに乗り換える。
最初「アクアライナーは出雲~大田市までノンストップ!」と決めつけていたのでまさか乗り換えの3451Dが途中江南と波根にも止まるなんてことは露知らず、駅探訪を一つ損していたことをこの後に知る(苦)。
見ぬは極楽知らぬは仏とは正にこの事である。

大田市駅

大田市は世界文化遺産・石見銀山、全国有数の鳴き砂海岸・琴ヶ浜、古くからの湯治場三瓶温泉、最高評価の天然温泉が湧く温泉津等を観光資源に持つ観光都市である。
何度も言っているが大田市から石見川本行きの路線バスに乗ることもでき、途中には石見銀山の最寄りバス停もある。

ただ、広島からの観光客は三江線に乗って路線バスに乗り換えて……をするよりは石見銀山号を使うだろう。

視線を下に移すと……

大田市駅

なんやあれは……
大田市の情報ページで調べてみると

螺灯(らとう)と鉱夫の衣装がモチーフの公式マスコットキャラクター「らとちゃん」。
螺灯とは、かつて石見銀山の間歩(坑道)でも使われた、サザエの殻に油を入れて火を灯す明かりのこと。
恥ずかしがり屋さん、だけどいったん「火」がつくと、ソコヌケに明るい性格なのだとか…。
頭に揺れる小さな炎で、人々の心や地域の未来に明かりを灯します。


爪に火を灯す生活をしないとやっていけないような財政状況をゆるく表現してみました!だったらどうしようかと思ったが、流石にそんなことはなかった。
恐らくしまねっこの配下であり絶対服従の身であろう(爆)。

取り敢えず乗り換えの為自販機で飲み物を買いベンチに腰掛けていると……

キハ187

キハ187、スーパーまつかぜ鳥取行6号入線。
名古屋を発ち約34時間、漸く特急の登場である(涙)。

このキハ187、一部で低コストで高速化を実現した!と絶賛されているが足回りに金をかけすぎたせいで内装や車体をケチったという昨今の鉄道会社の王道を突っ走っている。
ただ、その金をかけた足回りもいなばではまるで役に立たない。
智頭急行線は急カーブが多く、その急カーブを高速で抜ける必要があったため振り子台車を採用している。それはいい。
問題は顔面をコスト削減で切妻にしたことによってトンネル微気圧波(空気抵抗による衝撃波)が生じるため高規格で作られている智頭急行の単線トンネルで速度が制限されていることである。
これではハイスペックエンジンを存分に生かしきれない。アホとしか言いようがない。
尚、いなば用は500番台であり、鳥取以西には来ない。

序でにこいつが山陰のキハ181を駆逐したので181オタからももれなく嫌われている。
187の名誉のために言っておくと、この車両はお布施と思われがちだが山陰両県による無利子貸付により誕生しており返済義務があるので、JR西お得意の悪しき風習が利用されたわけではない。そして私はこのキハ187は其れほど嫌いではない。

キハ126

こちらが乗り換えるキハ126。
こちらもまー切妻で足回りに金をかけすぎたせいで内装や車体をケチったやつである。
コインレストランコウランに行った時のようにキハ126の2次車(ポンコツ)が来たら地獄を見る、それも覚悟だ……と思っていたら、

キハ126

おや……
来た列車は1次車(キハ126-3)だったため、シートは国鉄車のような弾力があり、通勤時間も過ぎガラガラだったため快適に移動することができた。杞憂だったようだ。

浅利海岸の風車

列車は大田市を発車し早朝見た車窓が今度は逆方向に高速で流れて行く。
上りは陽が昇る前で暗かった景色も下りでは明るく、浅利海岸の名物風車も目に焼き付け写真に撮ることができた。
ネットでしか見たことのなかった風景が今目の前で確認することができたという感動はネットが発達した現代だからこそ味わえる感覚である。

日本海

山陰本線の西側は多くの場所で日本海を間近に望むことのできる素晴らしい路線である。
トンネルや山を越える度に視界に広がる日本海に気分は高揚。窓に不気味に映り込む自分の顔が本当に気色悪い。

キハ126

斯くて乗ること約1時間半、次なる目的地折居駅に到着した。
跨線橋を渡り駅舎へ向かうと……

折居駅

素晴らしい。芸術である。
田儀に続き当駅も海の見える駅で紹介されていたが、実際に目にすると感嘆の声が漏れる。
地元利用客にとっては何て事のない風景であろうが、無機質なコンクリートに囲まれた生活をしているとこういった風景も見ることができず、色が活き活きした風景を見るだけで今までの疲れが取れる。

折居駅

駅舎内は昔ながらの券売窓口が残されている。掲示板で隠されてはいるが、他の駅にありがちな板で完全にふさがれた状態というわけではない。
置かれた花が其れがたとえ造花であろうとも、近隣住民によって厚く慕われている証拠である。

折居駅

折居駅駅舎。大正13年開業である。
ホームと駅舎の間に作られた小さな庭園、閉鎖されながらも残る券売窓口……どことなく国鉄の匂いがするが、

折居駅 JR瓦

駅舎の鬼瓦にはしっかりとJRの文字が刻まれている。こういう小さなものを見つけるのが楽しい。
家に帰ってから他の駅の鬼瓦も調べてみると18きっぷで御馴染長根広和氏も鬼瓦の写真を撮っていたようだ。
但し掲載されていた駅は波根駅。波根に対する後悔がまた一つ増えた瞬間であった(苦)。

折居駅

駅から徒歩1分で折居海水浴場であるが海水浴場には更衣室やシャワーがないので、駅から利用するには難ありである。
目の前に日本海があると雖も、石見国民にとってのメジャー海水浴場は一体何処なのだろうか?ふとした疑問が生まれた(隠岐か波根?)。

折居駅

折居駅ホーム外観。ジオラマで簡単に再現できそうな感じがする。

さて、この折居に来た理由は3つ。1つはこの折居駅からの景色。2つ目が、

ドライブイン日本海

ドライブイン日本海である。
念願だったドライブイン日本海、随分遠いところまで来てもうたな……と感動していたら足下から唸るような声がした。
視線を落とすと、

ドライブイン日本海

こちらを執拗に睨みつける猫がいた。
威嚇をしているのか苛立っているのか、頻りにヴヴヴヴ……と鳴くので今はお前には興味ないよと入口のほうに向かうと着いてきた。どうやら腹へってキレてるらしい。ニートかお前は!

ドライブイン日本海

入店すると他の自販機とは一線を画す形でドンと正面に置かれたうどん自販機の登場である。感動した。
ドライブイン日本海のうどんはうどん自販機界の神であり自販機のメンテナンスを引き受けている西部技研の田中社長が自ら仕込んだうどん・そばが食べられる素晴らしい場所である。



長かった……長かったのう……いつか益田にある2店舗と錦川鉄道沿いにある聖地にも行ってみたいが先ずはここで神の味を堪能しよう……
自販機上にいる猫と足下で喧嘩を売り続けている猫に注意しながら懐から財布を取り出……

ドライブイン日本海

ドライブイン日本海

なんだっそら、耐えられない。
名古屋を発ち約35時間、夜行バスに乗り、タッチの差で三江線列車を逃し、カメラを半壊させ、路線バスに気付かず1時間汗だくで歩き、4時間の睡眠でロクな食事も摂らずに見聞録最西端を更新しつつ念願の場所まで来た結果がこれである。

ドライブイン日本海

人はよく「旅に失敗はつきもの」だとか私は大人だから冷静!みたいなセリフを吐くが、限度というものがある。
自分に納得のできるセリフが吐けるうちは所詮その程度のものである。
意を決し強い思いを持って行動に移した者ほど絶望に頭を抱えのたうちまわる。
「これで出雲市に帰るまで飯抜きだ」とか「お前はさっさと自販機の上から下りてこい」という考えに辿り着くまで少々の時間を要する。

絶望のあまり大股3歩ほど後退し硬直しているとそこに1組のカップルらしき者達が入店してきた。
飲み物なら表にもあるやろ……と思いつつ眺めていると売り切れのうどん自販機を見たその刹那、

「えっあれ」「あっ……」

ドライブイン日本海

元気が出た(屑)。
落胆の様子から近隣住民ではない。天を仰ぎ思わず半笑いになる男。どないすんねんと今にも言いだしそうなぐらい苦虫を噛み潰したような顔をしている女。
カップルは言葉を交わすことなく車へ戻って行った。

ドライブイン日本海

天は我に味方した。ちゃんとその都度心の救済を用意して下さっているではないか。
我ながら酷い屑だと思わざるを得ないが(爆)、正直そういうものでも縋ってプラス思考に思っていかないとこの先が辛い。

ドライブイン日本海

流石に腹に何も入れずに夜まで歩き続けるのは問題があったのでおにぎりを購入。

キハ187

目の前の雄大な日本海と通過していくキハ187を目に焼きつけながら頂く。

国道9号

よし、とひと息、折居に来た理由の3つ目である道の駅ゆうひパーク三隅に向かって歩いていく。
約1km15分の道のりなので駅からアクセスできない距離ではない。

国道9号

なんちゅう名前や……
どうしてこのような名前になったのか由来を調べてみると以下のようであった。

・大麻山
標高599mの山であり、山頂付近には大麻山神社が鎮座し、山頂にはテレビ塔が設置されています。地元ではハイキングやツーリングスポットとして知られているそうです。

・歴史
古くは「西の高野山」と呼ばれるほど崇敬の篤い霊地として知られており、奈良中期から平安前期までは「双子山」と称していたと云われています。
そして、平安時代の山岳仏教が盛んな頃(貞観年間)に異僧(尊勝とも)が住み着き、尊勝陀羅尼(そんしょうだらに)※を称えて里人を教化したそうです。なお、当時は山全体が修行研学の大道場とされたとも云われています。
仁和4年(888)には、阿波国(徳島県)の大麻彦命の大麻が懸かった(神託が下った)ことを切欠に山号を「大麻山」と改め、天皇の勅許を得て、阿波国の大麻比古神社・忌部神社を勧請し、大麻山神社を創建したとされます。
その後、天暦3年(949)には神宮寺である尊勝寺が創建され、神仏習合の社となったんだそうです。なお、以降は戦禍や災害により再建を繰り返し、明治期に起こった廃仏毀釈運動によって尊勝寺は廃寺となったとされています。

※尊勝陀羅尼(そんしょうだらに):尊勝仏頂(そんしょうぶっちょう)の悟りや功徳(くどく)を説いた陀羅尼(だらに、呪文の意)

・大麻山神社
社伝によれば、平安前期(888年)に大麻比古神社の主祭神・大麻彦命(オオアサヒコ)の神託を受けたことを朝廷に奉聞し、宇多天皇の勅許を得て、阿波国の大麻山鎮座の大神を勧請したことに始まるとされています。

また、山岳信仰の五柱の神を合祀することから「五社権現」とも呼ばれるようになったとされています。

祭神
天日鷲神(アメノヒワシ):阿波(徳島県)の忌部氏(いんべし)の祖神
猿田彦命(サルタヒコ):「みちひらき(導き)」の神。徳島の大麻比古神社に配祀される
大麻彦命(オオアサヒコ)徳島の大麻比古神社の主祭神。「太玉命(フトダマ)」とされている

配祀
藏王権現(ざおうごんげん):修験道の本尊とされる。「少彦名命(スクナヒコナ)」とも
熊野権現(くまのごんげん):熊野三山に祀られる神。「素盞鳴命(スサノオ)」とも
走湯権現(はしりゆごんげん):伊豆山(走湯山)の山岳信仰と修験道が融合した神仏習合の神。「伊豆山神」とも
山王権現(さんのうごんげん):日枝山(比叡山)の山岳信仰と神道、天台宗が融合した神仏習合の神。「大山咋神(オオヤマクイ)」とも
白山権現(はくさんごんげん):白山の山岳信仰と修験道が融合した神仏習合の神。「菊理媛神(キクリヒメ)」とも

・大麻について
大麻山の由来として『大麻山神社縁起』には「大麻が懸かった」と記されますが、現在では まず見聞きすることの無い表現です。なお、これは「神託(お告げ)が下った」ことを意味するとされています。
このような表現がされる理由として、古来の文化背景に大麻が密接にかかわっており、大麻を使用した際の幻覚作用を神託として捉えていたのではないか?という事が考えられます。
まず、神道における大麻とは「穢れ(ケガレ)を祓う植物」であるとされており、神社のお祓いなどで見かける棒の先に麻の繊維をくくりつけた祓串は「大麻(おおぬさ)」とも表記します。そのほか、伊勢神宮から頒布されるお札は「大麻(たいま)」と呼ばれており、「天照大神の御印(シンボル)」ともされています。
そのため、大麻は古来より神聖視されていた植物であると推察できます。
また、大麻は縄文時代より日本人の生活(衣・食・住)に密接に関わってきた植物ともされており、第二次大戦以前は国家によって大麻栽培が推奨されていたそうです。
なお、戦前の日本では大麻は喘息やアレルギーに効く漢方薬として市販されていたとも言われています(現在では「医療大麻」という名目でアメリカで解禁され始めていますよね)。
そのため、大麻は日本の文化において古より積極的に用いられていた植物であると考えられ、大麻吸引時の意識変性による幻覚作用を神託として捉えていたと推測できます(神道における神酒と同様に、大麻も神との交流を深めるツールとして用いられたと考えられますね)。
上記のことから「大麻が懸かった」という表現がされているのでしょう。
ちなみに、『記紀』において「神託」をきっかけとして神社や寺を起こしたりする説話が非常に多く、現代社会では考えられない行動心理だったという事が窺い知れます。
また、大麻山神社に勧請された徳島の大麻比古神社の神紋は「麻紋」であり、そのほか、麻に所縁のある家系の家紋としても麻紋が用いられているそうです。

引用:人文研究見聞録: 大麻山 [島根県]



成程、そういえば【第84話】阿波野まいの憂鬱で初めて徳島に行った時にバス路線で大麻線なる路線を発見したまげたものである。話が繋がった。

ゆうひパーク三隅

ドライブイン日本海から歩くこと約15分、車を交わしつつゆうひパーク三隅に到着した。土産も気になるところだが先ずは……

ゆうひパーク三隅 撮影スポット

お……

ゆうひパーク三隅 撮影スポット

何と素晴らしい風景か、有名撮影スポットに遂に来てしまった。

ゆうひパーク三隅 撮影スポット

遮るものがない。感動した。
ゆうひパーク三隅敷地内にも撮影できる場所はあるがカメラの距離も計算したかったので先ずはガードレール越しに撮影してみることにする。

ゆうひパーク三隅 撮影スポット

愈々撮影開始。先ずはキハ126。
奥に廃墟と化した建物があるが、実はここ、昔は海水浴場として利用されていたのである。
それは今から43年前に撮影されたD51の写真(偏屈の洞窟)を見れば一目瞭然であり、ここには昔海岸に向かう轍が存在していたのである。

ゆうひパーク三隅 撮影スポット

去りゆくキハ126。
中心からずれてしまったが海を主役に青を映える形にしたかったのでこれで良い。

ゆうひパーク三隅 撮影スポット

ゆうひパーク三隅 撮影スポットからも撮影してみる。
来たのはキハ121。キハ126との見分け方として一番わかりやすいのは連結路を見ることだが、判別できないほど遠くなら両運転台であるキハ121は連結部分の窓がキハ126より一つ多いのでその辺りを中心に見ると良い。

ゆうひパーク三隅 撮影スポット

トンネルへ向かうキハ121。昔の人はここからD51が出てくるのをワクワクしながら待っていたと思うと昔の人が羨ましい。

ゆうひパーク三隅 撮影スポット

撮影スポットにはご丁寧に列車の通過時刻表が記載されている。
上下の普通列車も併せて考えると撮影機会は中々多いように思う。



晴れた日にはとても素晴らしい写真が撮れるイチオシスポットである。私も文句なしに推薦できるスポットなので是非一度足を運んでほしい。

撮影後は道の駅にて嵩張らない程度の土産を複数購入していく。

ゆうひパーク三隅

道の駅記念きっぷの購入は絶対に忘れてはならない(戒め)。
イラストはキハ187か。

ゆうひパーク三隅

序でに路地裏見聞録西端更新記念に道の駅限定キーホルダーも購入した。
……とは言うものの、限定品に弱いので西端更新でなかったとしても何かと理由を付けては購入していたと思う(爆)。

購入物をリュックに入れるためベンチに座り飲み物を飲みながら整理していると

猫

またも猫が寄ってきた。
何処ぞのニート猫とは違い、毛並み・顔立ち共に良く、威嚇することなく静かに私の前に寝そべった。素晴らしい。
この猫は私が荷物を整理し終わると、終わるのを待っていたかのようにのそっと立ちあがり「ニャーオ」と一言呟いた後歩きだした。
孤独な一人旅、今回の旅で唯一応援してくれたのがこの猫だったような気がする。

折居駅

ゆうひパーク三隅を去り来た道を戻って折居駅に帰ってきた。丁度キハ187が通過していったところである。

折居駅前

最後にもう一度折居海岸の景色を目に焼き付ける。
折居に着いてからというもの、天気予報に反して薄曇りの状態が続いていたが、雨に降られるよりはマシである。
それよりも、素晴らしい風景を見せてくれたことを天照大神に感謝しなければならない。

キハ121

定刻通り1257に快速アクアライナー米子行が入線。
キハ121-6……ゲッ、2次車ダァ!

次回に続く!



No.250ハレテマス
場 所島根県 折居駅~ドライブイン日本海~ゆうひパーク三隅
日 時2016/10/19曇/晴
備 考島根県浜田市 ドライブイン日本海
なつかしの国石見 - 道の駅 ゆうひパーク三隅
引 用THE IDOLM@STER PLATINUM MASTER 03 アマテラス
THE IDOLM@STER PLATINUM MASTER 03 アマテラス
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