【第31話】愛知県知立市 - 愛知

【第31話】愛知県知立市

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【第31話】あたしの知立、明日の知立
今回は知立駅から歩いて三河八橋を目指す。別に前回の続きをするつもりはなかったのだが結果的には続きになった感じがする。


サン・マリ大聖堂

この頃は18きっぷを使った旅行なんてしてなかったもんだから今回も地元・知立から。
始まりは前回【第30話】本線と三河線で少しだけ紹介した国道1号線沿いのサン・マリ大聖堂から。
隣にある国道1号線の元となった「東海道 池鯉鮒宿」と書かれた石碑がある。
池鯉鮒というのは宿場で知立の昔の地名であり「ちりふ」と呼ばれていた。ルーツは知立神社の池に鯉や鮒がたくさんいたから。よく言えばユーモアがあり、悪く言えば単純
ただ、元々は古代から「知立」だとか「智立」だとか呼ばれていたようで、それがなぜか鎌倉時代に「智鯉鮒」、江戸時代に「池鯉鮒」になった。

知立市

その池鯉鮒で行われていた馬市の馬をつなぐために植えられた松並木を歩いていくと衣浦豊田道路にぶつかるので道路に沿って北上。

名鉄三河線

すると名鉄三河線にぶつかる。ちょうど名鉄6000系知立行きが通過していった。

名鉄三河線

歩いてきた方向。

名鉄三河線

調べるとここは三河山線の撮影スポットらしい。
だがコンデジでうまく撮ろうと考えるのはやめたほうがいい。
当時は鉄道写真なんて風景の飾り程度の気持ちだった。

知立市

線路を離れ、ひたすら歩く。知立も駅を離れればまだまだ田んぼだらけである。
道路の真ん中を我物顔と歩いても怒られないのは気持ちがいい。

知立市

これは根が2m程持ち上がっていることから「根上がりの松」と呼ばれるようになった松。
浮世絵師・歌川広重が描いた浮世絵「東海道名所図会」のモデルとされている松で、よって江戸時代からあったもので樹齢は相当なものと思われる。

八橋にとどまらんといふ くらきに橋もみえずなりぬ 『ささがにの 蜘蛛手あやうき 八橋を 夕暮かけて 渡りかねつる』

要は暗くなったらこいつは危ねぇよということだが、現代では根上がりよりも値上がりのほうがダメージがある(爆)。

知立市

根上がりの松のすぐそばには踏切もあって場所はわかりやすい。その踏切を越えると……

在原業平朝臣墓所
在原業平朝臣墓所

在原業平の墓があった。恐らく知立市で一番有名(というか祀り上げられている)な偉人だろう。この業平塚は寛平(889~898年)期に分骨してこの地に築いたとされる。

名鉄三河線

そんな歴史のある墓の隣を名鉄三河線が走っているというのも変な感じである。

三河八橋駅遠景

業平塚を後にし、逢妻男川に沿って歩いて行くと真新しい高架駅が見えてきた。

名鉄三河線

ちょうどその高架を電車が渡って行った。

三河八橋駅

三河八橋駅。2009年に高架駅に切り替わった。
高架化計画の資金繰りで及び腰だった名鉄にしびれを切らした豊田市が独自に区画整理、高架化計画を推進するなど超積極的行動によって知立駅よりも先に高架駅になってしまった。
豊田市と知立市の財力をまざまざと見せつけられる象徴となってしまった当駅だが、結局世の中カネなのである。

無量寿寺

三河八橋駅から5分ぐらい歩いたところにある無量寿寺。704年創建。
さっき上で出てきた平安時代の歌人在原業平がここで

らころも
つになれし
ましあれば
るばるきぬる
びをしぞおもふ
(着慣れた唐衣のように親しんだ妻を都に置いてきたので、この美しい花を見るとそれが思い出され、はるばる来た旅路の遠さをしみじみと感じる)

と詠んだことから昔からかきつばたの名所として知られていた。

無量寿寺

そんな美しい花は見ごろが5月なので9月上旬に来ても一本も咲いてない。

無量寿寺

杜若姫墓供養塔と租風翁之墓。
業平の愛人であり小野篁の娘「杜若姫」は業平の東下り際に愛するあまりはるばる都から後を追いこの八橋までたどり着いたが、その時はすでに業平は八橋を立った後だった。杜若姫は悲観の余り近くの淵で入水自殺した。
この塔はそんな姫を憐れんで建てられたものとされる。
右の井村租風は江戸生まれの俳人で池鯉鮒の旅宿山吹屋の主人。松尾芭蕉を慕い家業の傍ら俳諧の道に励んだ。門人に蕉風を伝えた三河の指導的人物である。

無量寿寺

無量寿寺園内茶室「燕子庵」。2010年に老朽化と耐震工事のため建て替えられた。
宗遍流のお席で出されるおみやげのあんまきは藤田屋ではなく小松屋本家産らしい。さすがわかってらっしゃる。

無量寿寺竹林

茶室に飛び石は必須。美しい。

無量寿寺竹林

まさか知立で手入れされた竹林を見ることができるとは……。

知立市

無量寿寺をあとにして知立駅方面へ歩く。暑さでミニバスを使いたくなったがそれでは自分に負けた感じがしたので気合で歩く。篠島の時から何も学んでいない。

名鉄本線

名古屋本線に架かる高架橋まで戻ってきた。

名鉄本線

よく見ると線路が3つあるがこのうち一番右の線路は前回説明した知立駅(三河知立駅)と豊橋本線(名古屋本線)をつなぐ連絡線の名残である。

名鉄本線

せっかくだからなんか車両撮ってから帰ろうと待っていたらきたのがよりにもよって汚物。

炎天下 勘弁してよ 5000系

とかなんとか思いつつ次の電車を待っていましたとさ。

No.031あたしの知立、明日の知立
場 所愛知県知立市
日 時2011/09/06
備 考知立市 -輝くまち、みんなの知立‐
引 用あたしの街、明日の街
あたしの街、明日の街

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