【第231話】愛知県西尾市 - 最新ネタ

【第231話】愛知県西尾市

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【第231話】その景色を覚えてる
前回の続き。
蒲郡線再訪の旅後半戦。何度も見てきた景色と初めて見る景色。幡豆の地にも諸行無常の響きあり。


西幡豆

西尾市役所幡豆支所交差点から南へ一直線。寺部地区へと向かう。
公民館横の桜も満開であった。
因みに前回紹介した西幡豆駅隣接の粉もん屋(牧野屋)には入店しなかった(爆)。
帰宅後調べてみたが、どうやら開店は15時かららしい。どちらにせよ入店は叶わなかったのである。

海遊亭

何だか懐かしい感じの寺部地区を抜け海沿いを歩いていくと、更に嗚呼懐かしきみかわ温泉海遊亭。
ここで昔友人から「温泉施設や大学には古いバスが現役なことが多々ある」という変態情報を聞かされていたのを思い出したので、

海遊亭

撮っておいた。どれがどういうことなのか全くわからない(爆)。

寺部

海遊亭駐車場から沖島方面を撮る。相変わらず海霧のようなものが発生している。
確か7年前(【第4話】ジェリーフィッシュの憂鬱)に撮った意味のわからない価値観カーブもこの辺りである。

7年……7年も経ってしまったのか……

寺部

海と垂直に面したT字路。とてもアダルトである(褒)。

寺部

そして海遊亭の隣には確かにCAFE OCEANがあった。

寺部

【乗って残そう蒲郡線】#6で紹介したこの三河湾が一望でき自家栽培の野菜を使ったランチ食べられるカフェ、撮影しながら人の流れを見ていたが、本当にひっきりなしに客が来る。
丁度昼飯時とは言え平日、しかもこのような場所に次々と車が入ってくるというのは少々驚いた。(一つ上の写真で駐車場が満車なのがお分かりだろう)
しかも9割強女性客であった。女子力なのか何なのか知らんが女の食いモンアンテナは本当に侮れない。

寺部海水浴場

更に歩くと【第55話】青い青いこの三河湾に 以来3年半ぶりの寺部海水浴場に到着。
浅いからかもしれないがこの日は中々に透明度があった。

寺部海水浴場

波打ち際に打ち上げられる海藻や貝殻。
これを見ていると内なる欲求が……いやしかしこの後も撮影しなければならないのに時間を割いている場合では……しかし……

考え込むように足下を見るとそこにキラリと光るあいつがいた。

シーグラス

シーグラスである。【第200話】たんさくろーる!以来の登場だ。

1個見つけてしまってはもう自制できなくなる(爆)。
1個見つける毎に嬉しくなってしまい、ゾンビの如く海岸を低速で歩いていたら満足する頃には到着から1時間経ってしまっていた(爆)。
志摩のように大量ゲットとまではいかなかったが、三河湾のような内海でも全くないということはないようだ。

寺部海水浴場

まだある……目を凝らしてみればまだあるような気がしてならないがこれ以上時間を割いてもいられない。
今回はここまでということで寺部海水浴場に別れを告げる。

寺部

この地にもはずの民話があるようだ。

小笠原の殿さまが寺部城におられたころのことです。この城主に仕えていた家老の娘琴姫は、澄んだ声で、愛らしい顔立ちをしていました。
ところが大変なおてんばで、お茶やお華の習い事は大嫌いです。毎日のようにお供を連れて、寺部の浜へ遊びに出かけました。
浜辺の東側にある赤い岩がお気に入りで、琴姫は岩に腰をかけ、三河の海の美しさに見とれていました。
遊んだ後、やしきに戻ろうと立ち上がったその時です。おならが…。
気の強い姫は恥ずかしさをかくして、供の者に「今、何の音も聞こえなかったな」と何度もたずねました。そして、姫はすました顔で家路に着きました。
この話がどこからもれたのか、人々はこの浜辺を「へひり浜」と言いました。


14  へひり浜
そのむかし、小笠原の殿さまが寺部城におられたころの話です。
「おら、琴姫さまに、またからかわれたわい。」
「ほんに、やんちゃ姫にゃあ、困ったもんよ。」
「それでも、あのえ顔はにくめんでのう。」
話題になっているのは、家老のむすめで、名を琴といいました。
琴はすずをころがすようなすんだ声で、ゆりの花を思わせるほど愛らしい顔だちでした。申しぶんのないむすめですが、男まさりの気しょうで、家来も村人も姫にはほとほと手を焼いていました。
花や茶の修行などとんでもないことで、家の中でじっとしているのが何よりも苦手、毎日、供の者を連れて、戸外の景色を楽しんでいました。

琴は、とくに海をながめるのが好きで、その日も、兵八郎ら、供の者を従えて、お気に入りの寺部の海辺に出かけました。空は晴れ、やわらかな春の日ざしがふりそそぎ、琵琶嶋の沖の嶋が美しい島影を海面に映しています。絵のようなすばらしい景色に、琴はごきげんです。
「ほらほら、兵八郎、見やれ、遠くにかすむ渥美の美しいこと。」
「いかにも姫さま。だが、そこは岩の上ですぞ。お気をつけくだされ。」
兵八郎は、はらはらしながら、気の休まる時がありません。
琴は砂浜を歩き回ったあげくつかれたのか、海につき出た赤い大きな岩にこしを下ろして、一休み、時のたつのも忘れていました。やがて、日もかたむきはじめ、供の者にうながされて、しぶしぶひきあげることになりました。
「わらわは、もっと遊んでいたいのじゃ。」
琴は、少しすねながら、勢いよくこしをあげたそのとたん、おしりのあたりから、プーッと大きな音がしました。いっしゅんハッとして、あわてて手でおさえたところ、プップップッと、今度はかわいい音が続けざまです。
さすがの姫もはずかしさのあまり、みるみる真っ赤になり、やがて青ざめていきました。
兵八郎もとつ然のことで、何と言っておなぐさめしてよいやら言葉もありません。
むかしは、女の人が、しかも高貴な姫さまが人前でおならをすることは、この上なく礼ぎ知らずで、世間の笑い者になることはわかっていました。
ひと時、気まずい空気が流れました。
何を思ったのか、琴は、兵八郎はじめ、まわりにいた供の者、一人一人に、大声でたずねはじめました。
「これ、そちは、さきほど、何かの音を聞いたと申すか。」
「いいえ、何の音も聞こえませんでした。」
初めは何のことかわけがわからなかった供の者たちも、次々にこう答えました。
こうして、琴は全部の人にたずね終えると、すました顔で家路には着きました。
その後、何事も起こらずに月日は流れました。
ただ、そのことがあってから、あんなにお気に入りの浜辺に、琴は一度も出かけることはありませんでした。

そして、もれるはずのないこの話が、どこからもれたのか、口から口へと伝わって人々はこの浜辺を、「へひり浜」と言いました。

〔 解 説 〕
寺部は、漁業海運など港を中心に古くから発展していた所です。
中世の室町時代中期ごろには、小笠原氏が寺都城に居を構え、永禄年間には家康の配下となりましたが、天正のころ(一五九〇)まで幡豆の地を支配していました。このお話は、そのころのことでしょう。
幡豆中学校の跡地(現在寺部グランド)の前にある大きな赤味をおびた岩がその場所とされています。
春うららかな日に、ここに立つと、渥美、知多半島の山並みが遠くにかすみ、宮崎の岬、大小の島々、そして、梶島、沖島、前島が近くに見え、静かに寄せては岩を洗うさざ波など、まさに一幅の絵の中にいるようです。
このお話が言い伝えられてきたのもこの佳景のためかも知れません。



ア ニ メ 化 決 定(琴姫cv.丹下桜(愛知県一宮市出身))。

寺部海水浴場

この手前の赤岩のどこかで屁をこいてしまったがためにここはへひり浜と呼ばれるようになってしまった。姫の影響力はすごい。

何だか汐風が臭くなってきたので(嘘)、次へ向かおう。

寺部

手前の島はかつて400羽のウサギが放し飼いにされていた「うさぎ島」こと前島。
後15年粘っていれば広島県竹原市の大久野島の如く(【第166話】ラビットパニック!)観光客でごった返していたかもしれないと考えると名鉄はとても惜しい事をしたと思う。
よく見ると山桜も咲いており撮影スポットの名所になれる可能性もおおいにあった。ただただ残念としか言いようがない。
尚、奥にうっすら見えるのは西浦半島であり先の部分が西浦温泉である。

寺部

東幡豆地区までやってきた。
愛宕山は至る所で山桜が咲いており美しい。

寺部

この浅さゆえ、透明度がある。
7年前(【第4話】ジェリーフィッシュの憂鬱)のようにクラゲを探してみるが、見つからなかった。

幡豆観音

漁港、漁協を通過し幡豆観音妙善寺までやってきた。
創建は古く、行基菩薩〔天智7~天平勝宝元年(668~749)〕の開基だそうだ。

幡豆観音

別名かぼちゃ寺。冬至の日に「かぼちゃしるこ」の大接待を行っているからそう呼ばれているらしいが、由縁は浜にかぼちゃが流れ着いたからだそうだ(かぼちゃ寺の由来)。

幡豆観音
幡豆観音

尚、そのかぼちゃが流れ着いた浜は目の前にある。とてもいい風景だ。

中を見ていこう。

幡豆観音
幡豆観音
幡豆観音
幡豆観音
幡豆観音

この寺、兎に角かぼちゃを崇拝している(爆)。
一歩間違えれば珍スポ認定されかねないが、撮影中にも参拝客がちらほら来ていたので地元住民の拠所となっているのは確かである。
尚、おみくじがあったが今回はやらなかった。

東幡豆駅

その幡豆観音の裏手に東幡豆駅はある。この駅も3年ぶりであろうか。あの時と何一つ変わって……ん?

東幡豆駅

何やら騒がしい。興味が湧いたのでちょっと近づいてみようと思ったが、その瞬間テントブースから出てきた仮面ライダーモドキとショッカーモドキが共闘して此方のほうに向かってきた(爆)ので慌てて駅舎内へ避難した(恐)。

調べてみるとどうやらにしがま線応援団の沿線利用促進事業の一環のようだ。
取り組みはとても素晴らしいが、ホーム上からチラ見したところどうにも近隣住民の宴会場と化してしまっていた気がする。あれではよそ者が利用しづらくて仕方ないが、先ずは沿線住民の利用からというのであればまずまず成功しているとも言える。

東幡豆駅

丁度蒲郡行きが入線してきた。
東幡豆駅は子供の視線の写真が撮れるのでとても大好きな駅のひとつである。

東幡豆駅

見送る。

あまり居座ってまたショッカーに目をつけられるのもアレなので次なる地、こどもの国へ向かうことにしよう。

東幡豆

至る所で咲き誇る三ヶ根山の山桜と田んぼ。しかも珍しく空が青い。素晴らしいと言わざるを得ない。

こどもの国

暫く歩くとこどもの国西側入り口に着く。ここにも桜並木があり序でにバスもあったので友人用に何枚か撮影しておく。

こどもの国
こどもの国
▲今話題の三菱
こどもの国

こどもの国

この駐車場を抜けるとあるのがこのゆうひが丘への近道の竹藪階段である。
【第91話】汽車の国、桜の少年少女 以来だからこちらも3年ぶり。何と懐かしい。
見影山穴弘法の足疲労を抱えながら階段をゆっくり上がっていくとこまで何もかもあの日一緒である。

こどもの国

ラリった動物たちも相変わらずであった。

こどもの国

ゆうひが丘の自由広場まで来た。
今まで歩いてきた幡豆の街並みを遠くに眺め一息つく。
この写真に見えている範囲を歩いただけで一日のうちの半分が終わるというのも感慨深い。

こどもの国

遠くのほうで汽笛の音がしたのでいつもの場所で慌てて三脚をセットし設定を確認。

こどもの国

煙を立てて通過していくまつかぜ号。
今回は赤色の車両を撮ることができた(嬉)。

こどもの国

その約5秒後、今度は白い汽車(の形をしたランドトレイン)が通過。
どうせならもうちょい早く来い(苦)。

こどもの国

お次は展望台。
地上では風は全く吹いてなかったのに展望台頂上は突風が吹いており寒い。
天敵である鳶もこればかりは強風に負けぬよう体勢を保つだけで精一杯のようだ。

こどもの国

蒲郡・三河大島方向を向いてみるとここにも山桜。
このあたりが一番山桜が多いのではないだろうか。

こどもの国

相変わらずの強風だが、遮断機の音はよく聞こえたので準備をする。
こどもの国駅に入線する蒲郡行。

こどもの国

電車は山を抜け西浦へ……。
もう一本撮ろうと思ったがへひり浜のシーグラスで時間をとってしまったこととあまりの寒さに集中力が削がれてしまったので妥協し展望台を下りることにした。

こどもの国

ゆうひが丘の自由広場に戻ってきた。ここまで休んでなかったので空いていたベンチに腰掛け持参したシャケおにぎりを食べる。
傍で子供がはしゃぐ中、ベンチを三脚と荷物で占拠し黙々とおにぎりを食べている男を見て保護者らはどう思ったかは定かではないが(爆)、その男は視線を一点に集中させていたので恐らく要注意人物として見ていただろう。
視線の先にあったものは……

こどもの国

これ。まさかこんなところで103系播但線色を見るとは思わなかった。
「警戒色あるしこの日の写真彩度強いし本当はオレンジバーミリオンじゃなかったの?」と思われるかもしれないが、色は確かに播但色に近かった。
尚、後ろにガチャガチャ群があるが、異色なものはなかったので回さなかった。

こどもの国

休憩終わり。海の見える遊歩道を歩いてこどもの国へ向かうことにする。
前回もそうだったがこの遊歩道を歩くと無性にローキーな写真を撮りたくなる。

こどもの国

さきまであれほど子供の声を聞いていたのにこの遊歩道に来ると恐ろしいほどに静か。
この静けさを楽しむ、まさにこどもの国に隠された大人の道。

こどもの国

フ……フヘヘ……
なんとまあ気色悪い奴だ。もしかしたら竹が好きなのかもしれない。

こどもの国
こどもの国

海の見える遊歩道が終わりランドトレインも通る道を歩き山を下っていく。
視界の開けた場所もあるのでちょうど入線してきた蒲郡行を見送る。

中央広場を抜け愈々こどもの国駅へ行……

こどもの国

素晴らしい。
こどもの国駐車場に沿うように植えられた桜の木はどれも見事に咲き誇っており、これだけでも来たかいがあったというものである。
できれば右下の煙がなければよかったが「やめてくれ」といいっても仕方ない。
まずはこの風景に出会えたことだけでも感謝である。
今回は時間足りずで断念であるが来年はアドベンチャーゾーンの桜も撮影してみたい。

こどもの国

下に降りてくると一際目立つ自販機を発見する。

こどもの国

西尾の駅を名前入りで取り出し口にプリントされている。
意味を誤ると「廃線の主な原因だ」と公に晒されているように見えて仕方ない(爆)。

こどもの国

・真ん中……ビュークン
主役。どう見ても名鉄7000系。特急蒲郡時代からのシンボルとはいえ蒲郡線どころか名鉄でもう走っていない(爆)。白帯は高評価。
・右上……ナナ
どう見ても名鉄5700系。何故か前照灯4つ。古き良き名鉄の最後の砦。だがしかしお前の活躍地は主に知多半島だ。一応少し前まで定期運用が存在した上に吉良吉田までは入線してくるのでギリギリセーフ。オカマ(30)らしい……。
・右下……ゴーちゃん
説明不要の汚物。マンガでは西尾市出身で抹茶を点てるのがうまいという設定がある。
吉良吉田までは来るが蒲郡線での実績はない。
・左上……ロックン
蒲郡線の主役名鉄6000系。海の男らしく大体ねじり鉢巻きで登場。妻に弱い。
・左下……テッチャン
鳥と会話ができる(爆)。

こどもの国

飲んで残るなら苦労しないが、ご当地茶もあるようで一応は貢献しているようだ。

こどもの国駅

【乗って残そう蒲郡線】#4からずっと気になっていた駅舎消滅もこの目で確認した。
なんだっそら、耐えられない。

こどもの国駅

高架を抜け撮影スポットに行くと先客がいた。
氏は豊橋在住だそうで「気が向いたら撮りに出かける、気が向いたら撮影する」ののんびりタイプであったが、構える三脚は万はくだらず、カメラは銀塩一筋だそうだ。どう見ても只者ではない。
撮影傾向もきっちりとした枠は設けず、漠然と「古いものが好き」らしい。素晴らしい。
名鉄は機関車が黒かった時代から撮り続けているらしく、その機関車について熱く語ってくれた。
昔はネットで情報が拾えるわけでもないので、人づてに聞いたり鉄道マンの友人の情報をアテにしたりして色々と走り回ったそうだ。
「今はいい時代だね」と言いつつも、楽しかった昔を語るその声は弾んでいた。

昨今の名鉄については「赤い名鉄が好き」と力強く答えていただいた。それ故今日撮りに来たらしい。
豊橋在住ということで「では豊橋鉄道は?」と聞いてみると「クリーム色が走ってた時までだねぇ」と若干悲しそうであった。

こどもの国駅

「デジタルいいなあ、取扱いも減ってきて本当はもう変えたいんだけどね……」

氏は仰る。
こちらからすればこの何度でもやり直せるデジタルが溢れる時代に古い銀塩を今も尚使いこなせるというのは素晴らしいスキルであり、一押しに懸けるその情熱はまさに男のロマンと言えよう。
手間と苦労が掛る分、いい写真が撮れた時の感動はデジタルには到底敵わない。マグロを釣るようなものである。

以上の事を言うと「そうだよね!」と嬉しそうな顔を見せてくれた。
やっぱりこの人は自分の銀塩に誇りと愛着を持っている。

こどもの国駅

一方こちら。
前述したがこの日は彩度強めで撮っていたのでどうしても名鉄の赤色が強く出て潰れてしまう。
設定を変えて色々と試してみるも中々思ったような写真にならない。
デジタルでこの体たらく、反省ばかりである。

こどもの国駅
鉄道コレクション 鉄コレ 名古屋鉄道6000系 (蒲郡線・ワンマン仕様) 2両セット発売記念にジオラマ加工もやってみる。

こどもの国駅

その後も電車が来ては撮影、合間に談笑を繰り返す。
時間はあっという間に過ぎていき、日が落ち始め寒くなってきたところで解散となった。
とても素晴らしいひと時であった。【第37話】愛より赤い海 でもそうだったが、どうも蒲郡線に乗り一日撮影していると日が暮れるころに素晴らしい出会いがあるらしい。
同じ時間に同じ場所、同じ理由で聡明な殿方に出会えたことは蒲郡線に感謝しかない。
やはり蒲郡線は後世に渡り残していかなければならないと再認識する。

名鉄

電車が来る頃にはすっかり暗くなってしまった。
西浦の桜は来年へ持ち越しとなってしまったが仕方がない。また来年も楽しみがあっていい。
次回の蒲郡線はアジサイの時にでも。

撮影を無事終えた安堵からかシートに座ると足が動かなくなった。
吉良吉田で乗り換える時は立ち上がりも一苦労。
歩く姿は挙動不審(爆)。

名鉄

無事乗り換えに成功。
本当は西浦撮影後5700を狙って乗車する予定だったため5700が来るまで待ってもよかったのだが、この足で寒空の下5700が来る運用まで1時間待たされるのは苦痛だったので大人しくロングシートで帰ることにした。
汚物や鉄の棺桶を使うよりは数倍いい。あいつは痔にも腰にも悪影響極まりない(爆)。

No.231その景色を覚えてる
場 所愛知県西尾市
日 時2016/04/02曇/晴
備 考にしがま線応援団
引 用その声を覚えてる(初回生産限定盤)
その声を覚えてる(初回生産限定盤)

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