【第225話】静岡県 大嵐駅~愛知県豊根村 - 最新ネタ

【第225話】静岡県 大嵐駅~愛知県豊根村

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【第225話】迷人‐マヨイビト‐
前回の続き。千代から大嵐に向かう孤高の独身・しらたき。
滞在できる時間は約2時間。長いか短いかは旅人次第であるが、私にとってはあまりにも短すぎた。

大嵐駅

13:44、大嵐駅着。
上ったり下ったり駅名標を目にしたことは数多くあれど、実際に降り立つのはこれが初めてである。

大嵐駅

大嵐と書いておおぞれと読む。
地名の由来はよくわかっていないが「ゾレには渓谷や岸壁が崩れる意があり、これが語源ではないか」という説があるらしい。
確かにこのあたりは大きながけ崩れが多発しているし、柿其渓谷(第13話)も読みは「カキゾレ」であった。

大嵐駅

大きく口を開けた立派なトンネルが駅の左右にあるのが大嵐の特徴でもある。

大嵐駅

しかし途中で単線化しているので奥は普通の大きさ(爆)。

大嵐駅

駅はゴミ一つ見当たらない清潔さ。朝知立駅南口で前夜若者が馬鹿騒ぎをしたと思われるようなゴミの散らかりようを見た後だっただけに尚更印象が強い。
尤も、飯田線本長篠~天竜峡は旅人がゴミを置いて帰ることさえしなければ大体どの駅もゴミは落ちていない。ゴミがゴミを置いていくのである。

大嵐駅

大嵐駅駅舎。1997年8月、飯田線全通60周年を機に愛知県北設楽郡富山村の出資により建て替えられた。
今では秘境駅銀座に似合わぬ立派な駅舎であるが、それまでは雨漏りのする木造駅舎でボットン便所だった。

大嵐駅
大嵐駅 駅ノート

中は富山村休憩所「みんなの休む処」として開放されており、富山村の広報や歴史を読むことができ……

大嵐駅 駅ノート

こんなのもある。
缶の中身全部ノートである(爆)。

某御三方のイラストをここで紹介する。

大嵐駅 駅ノート
大嵐駅 駅ノート
大嵐駅 駅ノート
大嵐駅 駅ノート
大嵐駅 駅ノート
大嵐駅 駅ノート

まず出てくるのがあのトンネルである。やはり一番わかりやすい目印である。
正直私もこの御三方をパクってトンネルにしようと思ったのだがイマイチ納得がいかず、東京を真似た駅舎など死んでも描くかという気持ちだったので……

大嵐駅 駅ノート

213系を描いておいた。
反対側のトンネルではあるものの結局トンネルは登場している(爆)。

大嵐駅

場所は大体このあたりである。

大嵐駅
▲土日祝は運休。

下の事務員は「湯の島温泉に行こうとしたはいいけど温泉と交通機関がかみ合っておらず嘆いている図」である。
今更になって初めて訪れたしょうもない旅人故、過疎が進む集落に向かって我儘を言うつもりはサラサラ無いが、そういう客も少なからずおるということは村民に知ってもらいたかったので描いておいた。
「温泉なら湯谷温泉やとうえい温泉があるやろ?」とかそういうハナシではない。

さて、こういう整備された駅でイレギュラーにあるのが観光しに来たらたまたま見つけちゃったドライブオタクや爽やかな汗と笑顔が眩しくて苛立ちすら覚えるサイクリンググループ休憩を兼ねて訪れた矢鱈コミュ力の高い歴戦ライダー車で駅巡りをする上に金も落とさない鉄オタなのかなんなのかもわからん我々の敵であるが、この日はライダーがよりにもよって書いているときに来駅してきた。
しかしそこは百戦錬磨のライダー、積まれたノートを横に置き黙々とノートに文字を書き続ける孤高の独身にドン引きしたのか、恐れをなしたのか、はたまた邪魔をしてはいけないと察してくれたのかはわからないが、声をかけるどころか目を合わせないようにして去って行ってくれた。
折角の休憩を邪魔したような形になってしまって申し訳なかったが私は極度の人見知り、此方にも心の準備が必要である(よくそんなので今まで旅行やって来られたなとは思うのだが)。
故、誰だか知らないがこの場でお礼申し上げることにする。

無事ノートを書き上げたので残った時間で散策を開始する。

鷹巣橋

1956年竣工のつり橋「鷹巣橋」。浜松市と「日本一のミニ村」だった旧富山村をつなぐ重要な生活道路である。

浜松市

こちら浜松側。

鷹巣橋

この橋を渡れば愛知県である。
なんかローリング☆ガールズやってる気分になってきた(爆)。

ヒマラヤほどの 消しゴムひとつ ♪
楽しい事を たくさんしたい ♪


車の往来もなく静かな山間、橋の真ん中を悠然と闊歩していると

階段

ダム湖に浸かる使われなくなった階段が見えた。
今回、この大嵐~豊根村を回るにあたりヨッキれん氏(~山さ行がねが~)の「静岡県道288号 大嵐佐久間線」レポートが大いに参考になったのだが、その中で氏は「旧鷹巣橋への通路であった可能性は高い」と語っている。

本当であれば降りて確認したかったのだが……行けなかった。

行けなかった理由は読み進めてもらえればわかる。

更に橋を歩いていくと……

豊根村

感動した。
路地裏見聞録を始めて7年半、かすった程度とは言え遂に愛知の最果て豊根村に入村することができた。
国境線はロマンがあっていい。これで三河国で取り上げていない場所は高浜市だけになった。

ここから後35分歩けば温泉に辿りつける(苦)。

鷹巣橋

感動に浸っている暇はない。なんせノートにえらく時間をかけてしまったのですぐに駅に戻らないと「夏焼集落から帰って来た時にはもう電車は発車した後だった」という恥ずかしい展開になってしまうのだ。

駅に戻り、駅からダム方向を見て西に歩いていく。

旧ホーム

旧大嵐駅ホームらしきものの一部。このホームとガードレールの間に丁度先程の階段へ降りていくけもの道がある。

夏焼トンネル

栃ヶ岳隧道。今は「第一夏焼隧道」という。旧飯田線の遺構である。
短く、出口が見えているのでまだこの時点では怖さはない。

?

栃ヶ岳隧道を抜けた先、夏焼隧道までの道、左側を注意深く見て歩くとそこに廃はある。

実際に中に入って体当たりレポートしたヨッキれん氏によるとこれは飯田線(新線)の大原隧道に連絡する「第一横坑」と呼ばれていた構造物らしい。

夏焼トンネル

そして本日大嵐でのメインイベント、隧道マニア、廃マニアなどその手のマニアにはとても有名な夏焼第二隧道である。
1936年に三信鉄道が白神駅(廃駅)~大嵐駅間に建設した夏焼隧道で、その後国鉄飯田線のトンネルとして使われていたが、1955年に佐久間ダムの建設に伴う同線の付け替えにより廃止となり、道路トンネルに転用されたのである。

夏焼トンネル

なんだっそら、耐えられない。
ゴールが見えない。夏焼集落への道はこの道しかないためこのトンネルを歩くしかない。
友ヶ島(87話)旧伊勢神(108話)でも触れるが、実は私若干暗所恐怖症のケがある。まだぼんやりとした闇ならばいいが光さえも届かなくなった場所になると途端に不安になり吐き気がするようになるのだ。

「やばい……帰りたい……」

全長1233mの中間600mぐらいである。前を向いても後ろを見ても光が遠く、頼りとなる左上の電灯は切れかかっており一部前が見えないほど漆黒の世界が広がっている場所もある。
誰かに見られている気がするのだが前にも後ろにも誰もいない。もういっそ幽霊のほうから話しかけてくれたほうが安心できるぐらいであった。
勇んで突入したことを激しく後悔したが駅のノートに「夏焼集落の状態が気になる」と書いてしまった以上男として引き返すわけにもいかず、抑々温泉ルートを選択していても片道40分がネックとなりロクに温泉に浸かれず踵を返す形になっていたことを考えるともう一心不乱に歩くしかなかった。
トンネル内の写真がないのはそのためである。

そして出口へ。15分ぐらいかかると聞いていたが、日ごろの運動不足と治りかけの風邪からか25分かかってしまった。
太陽の光が愛おしかった。

夏焼集落

トンネルを出て右に曲がり更に夏焼集落を目指す。
途中放置された廃車を見つける。

夏焼集落

崖すれすれに舗装された柵のない道路を只管歩く。
先程のトンネルで精神をすり減らしたせいで最早見渡す限りの大自然を満喫するよりよくもこんなところに家を……という気持ちしか湧かない(爆)。

夏焼集落

集落入口にはバイクと自転車が置かれたままになっていた。
あの柵のない道を自転車やバイクで往復するのは結構勇気がいるのではないだろうか……

夏焼集落

農作業用モノレールも残されていた。
階段を上る気力が残されていないので正直これを使って上まで行きたい気分であった。

夏焼集落

この階段を上れば、あの階段を上れば夏焼集落……
一歩一歩足下を確認するように上っていく……のだが。

無情。こんなところで帰らなければいけない時間になってしまった。
帰らないと電車に乗り遅れる。それだけは避けたい。しかし目の前に集落が……
普通であればまた来るから今回は戻ろうとなるのだが、今回はあのトンネルがある。
しかしこう悩んでいるうちにも普通電車は大嵐に向かっている。
眼下に見える佐久間ダム湖を見てため息にも似た大きな息を一度吐いて泣く泣く駅に戻ることにした。

※尚、テレビ三遠東栄支局及び水窪郵便局に電話凸した方によると現在夏焼集落は無人集落であるとのことである。

夏焼トンネル

帰りもこのトンネルを通らなければならない。
が、今度は大嵐側からは見えなかった出口が見えている。これが転用に当たって、佐久間湖満水時の水没を防ぐため5m嵩上げするように南側(佐久間側)から100mほど掘り直されたことの証拠である。

トンネルからは自分の歩く音と水滴が滴り落ちる音、そして絶えず左右から流れ出てきている水の音で騒がしい。
だがそんなことは気にならない。目前に見える光に精神を集中させただ只管歩く。早歩きしないと電車に間に合わないんじゃないかとかそういうことを考えている余裕はなかった。兎に角前へ、前へ。

夏焼トンネル

20分後、漸く出口へと辿り着いた。
絶え間なく何か音が響いていたトンネル内から突然解放されたため、あまりに静かな周辺の様子に耳が聞こえなくなったと思うほどであった。
ひと息つくと緊張の一が途切れてどっと疲れが出、三脚とショルダーバッグをかけていた左肩は悲鳴を上げていた。
もうこれでは体力的にも時間的にも例の階段を降りることもできないが仕方ない。

斯くて何とか時間内に大嵐駅に戻ってくることができた。
少し休もうと椅子に腰かけようとしたその瞬間……

大嵐駅

ポーンポーンポーンポーン……

ヤツが来てしまった(爆)。

次回へ続く!

No.225迷人‐マヨイビト‐
場 所静岡県 大嵐駅~愛知県豊根村
日 時2016/02/21
備 考-
引 用
TVアニメ「迷家‐マヨイガ‐」


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4 Comments

大海あすか  

うはっ、過去の産物!

今日和、大海あすかです。
コメント遅くなってすみません。
掲載されているの前々から気づいてはいたんですが、多忙で・・・
ほんと、すみません。

過去の駅ノートイラスト、有名な駅ノート絵師の木葉きろは先生とS.nagata先生の作品ですね!
揃えて並べられると、公開処刑のようではずかしいーーー!
でも、大嵐駅といえばこの構図!
トンネルに吸い込まれていくようなこの構図こそが大嵐駅ですね。

夏焼トンネル、まさか歩いて走破されるとは!
私、心霊番組好きな割にお化けが怖くって怖くって絶対無理ですわ。
手掘り感半端ないですね!!
お疲れ様でした。

大嵐駅の駅ノートでは駅ノート絵師さん同士、相手の描いた絵をパクリあってバトルを楽しんでいるんですが、今度訪問したときは、しらたき先生の構図をお借りし、バトルを申し込みます【笑】

2016/03/17 (Thu) 21:35 | EDIT | REPLY |   

しらたき  

Re: うはっ、過去の産物!

コメントなんて滅多にないブログなのでコメントを頂けるだけでありがたいです。ありがとうございます。
唐突な公開処刑、御許しください(笑)。
仰る通り、大嵐駅と言えば私にとってもトンネル>駅舎でした。インパクトありますよね。
訪問の際は事務員までパクって貰っても構いませんよ?(ハードル上げ)

夏焼トンネルは走破した時に「二度とやるかこんなもん……」と思わず呟いたのですが、時間が経って見返してみるとやはり集落の全貌が見られなかったことが悔しくてしょうがないですね。ホンマに人間の探求心というやつは厄介なもんです。

2016/03/18 (Fri) 08:11 | EDIT | REPLY |   

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2016/05/11 (Wed) 21:39 | EDIT | REPLY |   

しらたき  

Re: はじめまして!

初めまして!お名前はえきのて界隈を始めとしたネット上で散見されるので存じております。有名人に拙ブログを読んで頂き光栄に思います。ありがとうございます。
1~10年前のイラストが「まだ最近」と言えるほど平気で昔のノートが残っている大嵐・小和田のノート管理状況、流石と言うしかありません。これが20年30年と続き、古文書の如く残っていたら面白いなあと思います。
ノートの1ページを見ただけでその日の出来事が昨日のことのように思い出される……大事なことですね。

電車で再訪された際には是非ご一報ください。此方が再訪した時に構図が被らないよう色々と練ろうと思います(笑)。

2016/05/13 (Fri) 04:28 | EDIT | REPLY |   

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