【第213話】広島県呉市 大崎下島 - 最新ネタ

【第213話】広島県呉市 大崎下島

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【第213話】潮待ち島に聞こえる音
前回の続き。
去年猪の悪夢で上陸を断念せざるを得なかった大崎下島に船にて念願の上陸を果たす。
テレビでしか見たことのなかった潮待ち島は旅人の目にどう映ったのであろうか。


※今回使われている写真の多くはカメラに慣れていないためピント無視・ブレが目立ちます。ご了承ください。

大崎下島

竹原から大長(大崎下島)行き高速船に乗り揺られること45分我々は念願の大崎下島への上陸を果たした。

大崎下島

上陸港は御手洗地区にある御手洗港である。上記のリンク先の時刻表を見てもらえればわかるが、竹原方面からだと朝と夕方の2本だけ御手洗港に寄港する。乗客もほとんどこの港で降りており、恐らく同業者の類であろう(爆)。

この御手洗地区は、江戸から明治に潮待ち・風待ちの港として栄えたところであり、今でもその当時の面影を偲ぶ街並みが残っており、アニメ「ももへの手紙」や「たまゆら」でも登場した。

大崎下島

恵比須神社から御手洗港を見る。
厳島神社や白鬚神社(第80話)のような水面に立つ鳥居は良く知られているが、ここは海面ギリギリに立てられている。
私は撮らなかったが、アニメのカットに合わせて写真を撮っている人がちらほらいたので同業者確認は容易である。

大崎下島

ブラブラと島をうろつく。
観光客が押し寄せる一本前の船、時間であるため島はまだ閑散としている。こういった場所は絶えず波音が聞こえるぐらい静かなほうがいい。

大崎下島

「船宿なごみ亭」である。
「特定伝統的建造物」に指定された建物であり、200年の歴史がある船宿を1日1組様限定の貸切宿として使っている他、書入れ時になると「あなごめし」などを提供する飲食店となる。
桜田麻音の実家のモデルの一つになっているため、アニメについては理解があるようである。

大崎下島

木造家屋というのは趣があっていい。それが管理されていても廃であってもだ。

大崎下島

江戸時代に石で造られた高燈籠である。
旅行というものは恐ろしい物で、移り変わりの早い昨今、至る所で味のある建物がぶっ壊されては近代化と銘打ったセンスのない建物や派手な看板を掲げたチェーン店が跋扈し、肩身の狭い思いをしている歴史的な建造物が多々あるが、こういうところでは平気で江戸時代生まれのものが生き残っていたり希少価値の高いものが吐き捨てるように売られていたりするのを普通に目にするのである。

こういうものを維持していくのにも金がかかり手間が必要であろう。
この腐りきった現代まで維持し我々の目に直に触れさせてくれたことに感謝しなければならない。

「時は金なり」と云うのならば経過した時間、紡いだ歴史もまた価値のあるものなのである。

大崎下島
大崎下島
大崎下島

千砂子波止である。
こちらも高燈籠同様江戸時代に築られたものである。

ここで一度海とは別れ、歴史の見える丘公園へ向かうために街中を抜け階段を上っていく。

大崎下島

……のだが、体力のなくなった(それどころか歩く毎に体力ゲージが減り続ける)おじさんにはこの階段一段一段が相当にきつい(苦)。

同い年の友人も毎度呆れていたが、この一年の状態と毎回の息切れに察したか慣れてしまったようである(爆)。

大崎下島

山肌には収穫時期を迎えた大長みかんがそこら中に実っている。
公式曰く「温暖な瀬戸内海気候と水はけのよい段々畑で栽培される大長みかんは濃厚な甘味とさわやかな酸味のバランスが絶品」であるらしい。
流石に柑橘類天国愛媛の隣なだけある。

大崎下島

中腹。「後ろから迫り来る同業者にだけは負けない(抜かされない)」という意味のわからない対抗心があったため、心を折らさずに階段を上ることができた。

大崎下島

ほーらさっきまでおったところがあんなに遠く……そこまで遠くなかった(爆)。

大崎下島

なんでもない道に見えるが、この道が我々にとっては非常に重要なのである。
それにしても疲れると曲線が美しく見えてくるのは何かの病気なのだろうか?

撮影後また階段を上り歩いてきた道を振り返ってみると……

大崎下島

素晴らしい。
島国生まれの性なのか8年前初っ端挫かれた反動なのか始まりが佐久島だったからか、島が海に浮かんでいるということに対して激烈な芸術性を感じ、憧れるようになった。
眼下に広がるのは歩いてきた御手洗地区であり左に浮かぶ島は小島、対岸の島は岡村島といい、愛媛県今治市となる。
見聞録未踏の地が目の前に見えているのにどうにもならないというもどかしさはあるが、今日は大崎下島を楽しもう。それにしてもここに見えない県境があるというのは何かワクワクするものがある。

大崎下島

更に左に寄るってみる。右下にレールのようなものが写っているが恐らく農業用トロッコのレールと思われる。非常に興味深い。

大崎下島
大崎下島

てっぺんまで到着。色々叫びたい気持ちはあったが同業者が数人うろうろしていたので自重した(爆)。
四国本土を眺め色々と思いを馳せる。
84話で初めて徳島に行き四国初上陸を果たしたとはいえ、地図上ではかすっただけのようなもの。四国を全て知ったとは到底言えず、まだまだ四国初心者もいいところなのである。

大崎下島

大長地区方面を望む。

大崎下島

役目を終えたのだろうか、ボロボロのトロッコが放置されていた。

大崎下島

公園を一回りしたので下る。
帰り道のこの写真、地味ではあるが大崎下島に来て一番いい物が撮れたと思っている。


乙女座

下界に戻ってきた。
まずは乙女座。昭和12年に建てられたモダン劇場であり、戦後は昭和30年代まで映画館として親しまれていた。

200円を回収箱に入れ、靴を脱いで入館する。

乙女座
乙女座

館内は昭和の装いで、敷かれた畳席は思わず正座したくなる。というか正座した。
めくり台には麻音とトークと書かれていたが、たまゆらの日に合わせたのだろうか。
なお、舞台袖から舞台裏にも行ける。

乙女座
乙女座

乙女座
(友人提供)

2Fからの景色。

乙女座

これを見られただけでも価値はあったと言えよう。

大崎下島

外に出ると丁度視線の先に収穫されたばかりの大長みかんの無人販売所があった。なんと一袋100円である。
ビニール袋も用意されているし記念にと一袋買おうとしたがなんと財布の中には紙幣と1、5円玉しか残っておらず、断念せざるを得なかった(苦)。
流石に十袋買うわけにはいかない(爆)。

この大崎下島には世界的に有名な店がある。

大崎下島

それがこの新光時計店である。
腕時計・掛時計・懐中時計・置時計・目覚まし時計……メーカー問わずなんでも直すと評判になり、NHKはもとより海外でも紹介されるほどである。

大崎下島

こちらは新光時計店の隣にある尾収屋。呉名物「がんす」を乗せた鍋焼きうどんを提供する。

御手洗のふぁーすとふーど 鍋焼きうどん
かつて御手洗では「うろ」という行商舟で売られていた鍋焼きうどんが人気でした



とのことである。このあと昼食探しに四苦八苦することになるのだが、どうしてこの鍋焼きうどん店を思い出すことができなかったのか、うどんオタクとしては致命的である。

大崎下島

御手洗郵便局。
ここで借りたミラーレスの電池が赤点滅になる(爆)。なんだっそら、耐えられない。
仕方ないので昼はこのミラーレスの電池を使い切り、夜はいつもの老体コンデジくんで臨むことにした。

大崎下島

大崎下島の町並みも竹原の町並み保存地区に引けを取らないほど綺麗に整備されている。

大崎下島

こちらは旧柴屋住宅である。

この柴屋住宅は、大長村庄屋役及び御手洗町年寄役を代々勤めていた高橋家 (屋号柴屋) の別宅の一部です。1806 (文化3) 年に伊能忠敬が大崎島の測量をした時に宿舎にしたと伝わっており、建築年次はそれ以前のものと推定されます。

別宅は2つに別れていて、常盤通りを挟んだ向かい側が母屋で、本住宅は向座敷となっていました。「伊能忠敬御手洗測量之図」の右側にこの向座敷が描かれており、土塀で囲まれた広々とした庭には、あずま屋や池が配され、豪著な造りとなっていました。広島藩主が遊覧のため来島した際にここで休憩するなど、本陣として利用されていました。

→ 旧柴屋住宅



だそうだ。

中ではパネル展示に混じって……

大崎下島

こんなものがあったのでノリのいい友人は人柱になってくれた。

大崎下島

庭を挟んで向かいには土蔵があり「伊能忠敬御手洗測量之図」のレプリカが展示されていた。
伊能忠敬ファン(現代におるんか?)には堪らないであろう。

大崎下島

スタート地点付近まで戻ってきたので一休みと無料休憩所に立ち寄ると案内地図が積んであった。気付くが遅すぎて今更になってしまった。

船は隣の大長港から出港するのでまずは移動しなければならない。

そこで大長の先にある小長地区にある瀬戸内海鮮レストラン日吉丸にて……

太刀魚ラーメン

太刀魚ラーメンを頂く。
大崎下島の隣の島、豊島はタチウオの一本釣りが有名でありその太刀魚を使用しているのだろう。
具はもやし、ワカメ、青ネギ、チャーシュー、青梗菜。太刀魚は出汁として使われているらしく魚介出汁。細かい背油も浮いていた。
麺は硬めというよりはコシがあると表現したほうがいいだろうか、咀嚼回数が増える。
硬めの麺は不得手なため、食べるのにやや苦労した。

食事後はトイレを済ませ大長港の待合室にて待機する。

大崎下島
大崎下島

待合室の壁には所狭しと板広告が並んでいる。
どれも地名は今治市でありこの大崎下島が今治市と密接な関係であることを想像させる。

大崎下島

大正時代創業、老舗の和菓子店「福島福栄堂」の看板商品レモン羊羹。
レモンは国内生産量第一位が広島であり、そのレモンを使った羊羹は昭和天皇、秩父宮殿下に献上した経歴を持つ。

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ももへの手紙やたまゆらにもちゃっかり登場している。
買って帰るにもまだ1日目、買いづらかったのが無念である。

船は定刻通り到着するも憧憬の路に備える同業者で満員に。なんとか工夫して一人でも着席を増やす努力をしていた。

竹原

竹原に帰ると港にはたまゆらラッピングされた山陽商船の第五さんようが停泊中であった。
同業者たちの撮影会が始まったということは言うまでもない。

次回へ続く!
No.213潮待ち島に聞こえる音
場 所広島県呉市 大崎下島
日 時2015/11/01晴→曇
備 考見たらいい町・御手洗 呉市豊町観光協会
引 用たまゆら~hitotose~第2巻 [Blu-ray]
たまゆら~hitotose~第2巻 [Blu-ray]

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