【新作の話】兵庫県豊岡市城崎町 城崎温泉 - 最新ネタ

【新作の話】兵庫県豊岡市城崎町 城崎温泉

20150920-1.jpg

感動した。

207v.jpg

城崎温泉駅

遂に城崎温泉駅に来てしまった。
隣に287系が停車中も興味なし。当たり前である。

城崎温泉駅

その昔、駅名に温泉が付く4文字の駅はロマンがあると言った。その中の一つ、城崎温泉である。


城崎温泉

さとの湯前にある下駄奉納板だ。
これは下駄を旅人の足に例え、旅人の旅の安全と健康を祈願したもの。
城崎温泉で下駄は浴衣同様必須アイテムであり正装である。

城崎温泉

県道9号に沿うように商店が立ち並ぶ。

城崎温泉

流石に城崎、カニが街を支配している。
カニオブジェを見たのは札幌かに本家以来である。
ちなみに札幌かに本家、名前に札幌という地名を入れて本店が札幌であるにも関わらず本社は名古屋市である。
業績は最盛期の30%程度にまで落ち込んでおり「店の看板だけは持っていかないでくれ!」状態であるが、その看板を落とし事故を起こしたこと(札幌本店)は記憶に新しい。

また、関西で有名な「かに道楽」もかに本家の仲間のようなものであり、かに本家の社長がかに道楽の創業に関わりその後独立してかに本家を創業したのである。恐らくかに道楽が東海地区にないのもこれが理由であろう。


この道を信号にぶつかるまで進む。

城崎温泉

城崎温泉と言えばこの大谿川沿いに形成された温泉街と柳であろう。
景観を破壊する派手なネオンもないので夜になると落ち着いた風情ある夜景を撮影することができる。

城崎温泉

踏切が鳴ったので振り返ってみるとちょうどいいアングルで橋梁があるではないか。
暫く待ってみると……

城崎温泉

素晴らしい。
何と言うか、ジオラマで再現したくなる一瞬である。初めてのジオラマはここにしよう。

街歩きを続ける。

城崎温泉

城崎の名物は何と言っても「七つの外湯めぐり」である。
その一つがこの地蔵湯。
江戸時代、村民多数の入浴があり里人の外湯として親しまれていたこの湯は、湯の泉源から地蔵尊が出たのでこの名があり、此来庭内に地蔵尊を祀っている。
家内安全・水子供養、衆生救いの願いが込められている。
定休日は毎週金曜日、料金は大人600円。

城崎温泉

川沿いを歩くと撮ってくださいと言わんばかりの食事処があった。
木造建築、丸型ポスト、氷の旗、ぜんざい……言うことがない。
今回は時間に余裕がなかったので利用できず詳細な情報を得られなかったので帰ってネットで調べてみると、どうやらこのますやという店は本格手打ちそばの店だそうだ。(写真で見てわかるが……)
当たり前のように蕎麦にカニの足が入っているあたり、流石城崎である。
次回城崎温泉に来た時は利用させてもらうかもしれない。

城崎温泉

「七つの外湯めぐり」の一つ、柳湯。
中国の名勝西湖から移植した柳の木の下から湯が湧き出たというのでこの名があるらしい。
子授安産、子授けの願いが込められている。
定休日は毎週木曜日、料金は大人600円。

城崎温泉

こちらの立派な桃山様式の建物は一の湯である。
江戸中期温泉医学の創始者後藤艮山の高弟香川修徳がその著「薬選」の中で当時新湯といったこの湯を、天下一と推賞したことから名づけられた。このあたりが城崎町の中央になるらしい。
ちなみに現在源泉は1972年に作られた集中配湯管理施設に集められて、温度を57度に安定させてから町内に張り巡らされている配管を通じて各外湯に送られているため、外湯の泉質に違いはあまり見られない。
こちらは合格祈願・交通安全、開運招福の願がかけられている。
定休日は毎週水曜日、料金は大人600円だ。

城崎温泉

一の湯がある通り。
旅館、土産屋、物産店……色々ある。

城崎温泉

パチンコセンターにも年季を感じる。
ちなみにこの隣にゲームセンターがあり恒例の可笑しなガチャガチャ探しもやろうと思ったのだが、準備中であったため断念した。

城崎温泉

こちらの神社は四所神社(ししょじんじゃ)である。
湯山主神を主祭神に、多岐里比売神、田記津比売神、市杵比売神の宗像三女神を祀っている。
いずれも温泉の守護神として崇められ、また宗像三女神は水の守護神でもあるため、城崎になくてはならない神社なのである。

この一角だけ周りの雰囲気とは違い荘厳な雰囲気を感じた。まさに鎮座しているのだ。

城崎温泉

四所神社の隣にあるこの素晴らしい造りの建物は御所の湯。
南北朝時代の歴史物語「増鏡」に文永四年(1267年)後堀河天皇の御姉安嘉門院が入湯された記事があり、それが名の由来とされている。
江戸時代、西隣に陣屋がおかれ「殿の湯」または「鍵の湯」と呼ばれた湯があったが、明治になって、御所の湯に合せられた。
檜風呂と岩風呂からなる大浴場で、外湯の中でも一番人気である。
ここは火伏防災・良縁成就、 美人の湯とされている。
定休日は第一・三木曜日で料金は大人800円。

城崎温泉
城崎温泉

入口にはスイレンが浮いており落ち着いた空間を演出している。
正直、ずっとここにいたい(爆)。

城崎温泉

御所の湯を過ぎ真っ直ぐ歩くと見えてくるのが城崎ロープウェイ。城崎温泉街と大師山山頂を結ぶロープウェイである。
途中駅として城崎温泉を語るのに欠かせない温泉寺もある。

城崎温泉

この日は乗る暇がなかったので入り口にて地団駄を踏む。次回訪問時には何が何でも乗らねばならぬ。
因みに山頂ではかわらけ投げが名物となっているらしい。
かわらけ投げとは京都・神護寺発祥の、厄よけなどの願いを掛けて高い場所から素焼きや日干しの土器の酒杯や皿を投げる遊びである。

「かわらけに願いを込めて、的に当たれば一願成就!」
「○○○(本来の願い)!的に当たれ!(予期せぬ願い)」
「はい当たった~!願い叶った~!」
「(´・ω・) ……」

城崎温泉

こちらも城崎を語る上で欠かせないものの一つ、西村佐兵衛翁の銅像である。

1925年5月23日に兵庫県但馬地方北部で発生し但馬地域に甚大な被害をもたらした「北但大地震」。
当時の建築物は木造が大半であったために、建物の多くは一気に倒壊した。また発生時間が11時で、炊事のために火を起こしていた民家や旅館の倒壊に伴い、瞬く間に火の手が上がったのである。
これにより温泉街の殆どが焼失し、廃墟と化した。
城崎での被害は甚大で人口の約1割の町民が亡くなり茫然自失の状態だった。
そんな中、住民の中から立ち上がったのが当時の町長である西村佐兵衛翁である。

西村町長はすぐに城崎小学校に行き、まず児童と職員を励ました後、当時6つあった外湯の温度を確かめ、湯壺に湧く温泉を確認し、「城崎町は大丈夫だ。この湯の湧き出るかぎり城崎町は発展する」と確信を持ったという。
町長は何よりも教育現場の復旧を最優先。震災から5日後には城崎小学校で早くも授業が再開された。

そして町長は温泉街の復興にも着手する。
震災以前から床上浸水などの被害のあった大谿川の洪水対策の為地盤をかさ上げ。
川の幅と深さを2倍にし、そこに玄武岩で積んだ護岸を作り、半円状の太鼓橋を掛けて柳並木の美しい町並みを作り上げた。
城崎温泉の写真でよく見る川沿いの風情ある写真は西村町長の指揮でできたものなのである。

そんな町長が残した言葉「駅は玄関、道は廊下、宿は客室、土産屋は売店で、外湯は大浴場」。
まち全体を一つの旅館と捉えておもてなしをする現在の温泉街を支える理念である。素晴らしい。日々先人に学べ。

城崎温泉

城崎温泉元湯。
大丈夫だ。この湯の湧き出るかぎり城崎町は発展する。

城崎温泉

帰る時間が近づいてきたので行きに目をつけておいたものを購入しに来た道を戻る。
気になったのが写真右の汸臼庵
本店は阪急河原町駅近くの錦市場にあり、有馬・城崎・湯布院の温泉地や伊勢神宮・大宰府・清水寺といった寺社限定の食べ歩き天ぷら店である。

城崎温泉

今回は城崎温泉店限定のカニ棒を頂く。
最上級ランクの白グチ・イトヨリのみを主原料にした手作りの棒天ぷらの中にカニの脚が一本丸ごと入っているいかにもこの地方らしい食べ物である。
油で揚げた後セイロで蒸して余分な油分を落としているのでしつこさがなく、弾力があり噛めば噛むほど味が出る。
1本500円ではあるが、カニを使っていること、最高級のすり身を昔ながらの製法で作っていることを考えれば観光地価格でもなく妥当な金額と言える。
何も言わず黙々と食べていたので相当美味しかったのだろう。手軽に城崎フードを味わえるオススメグルメである。


城崎温泉駅

城崎温泉駅に帰ってきた。乗る電車は右中央のこうのとり18号。
まだ発車までに時間があるがどうしてもこの時間帯にやりたいことがあった。
それがこれである。



これを自分の目で直に見たかったのである。

城崎温泉駅

まずは来月10月末で引退する国鉄381系こうのとり18号の全体写真を撮る。
恐らく見聞録での撮影機会はこれで最後となるだろう。
一枚一枚を噛みしめながら撮っていると……

「まもなく、4番のりばに列車が参ります。危ないですから黄色い点字ブロックまでお下がりください。」
\テンテテンテンテン↑テテテン テンテテンテンテン↓テテテン テンテンテンテテンテテン テテテテテンテンテン/
アナウンスとともにいい湯だなが流れる。
東海地区に住んでいると専用入線メロディーなんてもんもないし、もうそれだけで感涙モノであるが……

城崎温泉駅

感動した。
引退寸前の国鉄電車と退色が進む国鉄気動車の並びである。
来月終りには今まで当たり前だった並びも撮れなくなると思うと本当に涙が出てくる。
宝塚出身の私の家族は温泉と言えば有馬や地元宝塚温泉でもなくいつも城崎温泉であった。
「なんで有馬ちゃうん?」と父に問うと「大人になればわかる」と返されたあの日を思い出す。駅名は城崎から城崎温泉に変わり183は381となり「北近畿」もなくなってしまったが、それでも何か国鉄車両だから思い出されることもある。

城崎温泉駅

\テンテテンテンテン↑テテテン テンテテンテンテン↓テテテン テンテンテンテテンテテン テテテテテンテンテン/
息つく暇もなく続いて2番のりばにキハ189系はまかぜ4号大阪行きが入線してくる。

城崎温泉駅

これにてキハ189系、国鉄381系、キハ47が揃った。
今は亡きキハ181でないことは残念であるが、今それを言っても仕方がない。

城崎温泉駅

キハ189は天空の城竹田城の売り込みに躍起である。
昔は私も行ってみたいと思ったが、アホみたいに人が増えてしまい風情がなくなってしまったので行く気がなくなってしまった。
抑々、本当に行くべきなのは竹田城ではなく立雲峡である。

城崎温泉駅

14:12、普通列車香住行き発車。今回の旅で何度もお世話になり写真にも登場したキハ47ともこれで最後である。
次はいつ会えるだろうか?そんなに遠くない日かもしれない。

城崎温泉駅

14:13、今度は向かいのはまかぜ4号大阪行きが発車。
これにて我々が乗る381系だけが駅に残された。

381系

城崎に居られるのも残り20分となってしまった。

381系
381系
381系

2枚目の写真は自由席からの写真であるが、今回確保したのは指定席である。

381系

・駅弁を食べて寛ぐのに最適な時間の長さ
・あくまで18きっぷ旅行
・近鉄特急との兼ね合い

を考慮すると一番正しい選択は篠山口から丹波路快速に乗り換える方法であった。
この方法、ワープ手段としても有効だったので次回豊岡周辺に来た時も考慮することになるだろう。

因みにこのきっぷは鳥取駅のみどりの窓口で購入したのだが、閉店5分前にも関わらず非常に低姿勢で対応してくれた。
どこぞの会社の高圧的な姿勢に慣れてしまったせいで、若干面食らった(爆)。

381系

北近畿ビッグXネットワーク。Xが交わる場所が福知山となる。

14:35、定刻通りこうのとり18号発車。山陰・北近畿に別れを告げる。

かにめし

さあ、駅弁だ!……というわけにはいかない。
私は形から入るタイプの人間だ。駅弁を食べるのは駅を出て少し経ってから。今回の場合だと豊岡駅を出たぐらいからである。

白バラコーヒー

鳥取名物を食べるのに際し、鳥取名物のうまい飲み物もしてある。
私はコーヒーを飲むと吐き気と腹痛を催すため普段コーヒーは飲まないのだが、なぜか白バラコーヒーと温泉のコーヒー牛乳だけはそういった症状が一切でない(爆)。
ちなみに白バラコーヒー、関西圏のセブンイレブン一部店舗にもあるらしい。

かにめし

豊岡を過ぎたので開封する。分解性樹脂でできたカニ型容器は見た目に楽しい。

かにめし

御開帳。左は友人が買った「元祖 かに寿し」である。
かには勿論、米、酢、卵など鳥取県産が多く使用されており、八角形の容器はかにの甲羅に似せて作ったとのことである。

かにめし

こちらが私の山陰鳥取かにめし。
カニの炊き込みご飯の上にこれでもかとカニのほぐし身を乗せカニのハサミを二つ置いただけのシンプルな商品。だが、こういうのに限って奥が深い。
味は控えめな味付けで、カニ本来の風味を感じながら頂く感じである。
何処まで食べてもカニカニカニ……これほどカニを食べたのはいつ以来だろう。初めてかもしれない。
しかもこの容器、小さそうに見えて結構なボリュームであった。
カニのハサミも切れ込みが入っているのでパキッと爽快に割れた。

篠山口駅

あっという間に篠山口。名残惜しい。
ここから丹波路快速に乗り大阪→西九条→大阪難波を目指す。

アーバンライナー

大阪難波駅。
台風が刻々と東海地方に近付き一部列車に遅れが出るかもしれぬと危惧していたが、定刻通りいつものアーバンライナーが入線。
これにて一安心である。

名鉄特別車

亦、土産を潰したくなかったので名古屋駅から自宅までの岐路には名鉄の特別車を利用した。
来た電車はパノラマsuperであった。381系同様、この姿が見られるのも後少しなのかもしれない……。
関連記事
スポンサーサイト

0 Comments

Leave a comment